カテゴリー「船」の記事

2011/01/08

特集 尾道水道行ったりきたり(2) 福本渡船

[Sound]尾道水道行ったりきたり(2) 福本渡船

 前出の駅前渡船に絡むように運航しているのが福本フェリーである。駅前渡船の方が、運河を遡って少し奥まで行くのに対し、こちらは向島の突端に船着場がある。そのためか、渡し賃は駅前渡船が100円に対して60円の破格である。また、駅前渡船では行っていない自動車の航送も扱っている。4メートルまで90円、5メートルまで100円で、運転者1名分の運賃が含まれている。駄菓子屋の物価水準で乗れる交通機関もそうはあるまい。
 向島側の小歌島から尾道側の土堂まで3分足らず。やはりあっという間の楽しい旅である。
 福本フェリーの第十五小浦丸は、むかいしまIIよりはやや大きめ。船らしい低速エンジンの唸りが聴きどころである。

平成21年11月16日 福本フェリー 小歌島~土堂 第十五小浦丸
P1000669


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2011/01/02

特集 尾道水道行ったりきたり(1) 駅前渡船(向島運航)

[Sound]尾道水道行ったりきたり(1) 駅前渡船(向島運航)

 広島県尾道市は、坂の街、寺の街として有名であるが、街の中心を海が二分していることでも知られている。以前は、街を二分といっても、対岸は向島町という別の町であったが、平成の大合併に伴い向島町が尾道市に編入されるに及んで、正真正銘、海を挟む街となった。もとより海を隔てると言っても、広いところで500mあまり、狭いところでは、その半分ほどであるから、望めば見える距離である。橋も架かっているが、手軽な交通機関として渡船が利用されてきた。
 現在営業しているのは4航路。まずは、一番西側の尾道駅前から出ている向島運航―通称、駅前渡船―から乗ってみることにしよう。
 尾道駅前の国道の向かい側に乗船場がある。待つほどもなく来る船は、船体こそよくある小型の貫通タイプの双頭船であるが、船橋部分は銅葺きの寺院を模したものか、緑色の方形の屋根に、御丁寧に相輪までついている。丹に塗られた天井や手すりも相まって、どことなく龍宮城を思い起こさせる。
 このような船は、さすがにこれまで見たことが...いや、割合近くで見た記憶が。三原観光汽船の須波~生口島に入っていた「るり丸」が、こんな感じだった。検索してみたら、フィリピンに売却されたとのこと。
 狭い水道であるが、往来する船は多く、後に紹介する予定の福本フェリーとは航路が交差しているくらいで、飽きることがない。
 船のエンジン音は高め。着岸前に一度アイドリングに入り、ランプをおろす。

平成21年11月16日 向島運航 駅前~富浜 むかいしまII
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2010/06/15

青函連絡船 摩周丸 長声一発

[Sound]青函連絡船 摩周丸 長声一発
【音量注意】このサウンドは、突然汽笛が鳴るので音量に注意しないといけなそうに見えますが、今回は少しレベルが低いので、耳を覆うほどではありません。が、油断してボリュームを上げすぎているとひどい目に遭うかも知れません。

 青函トンネルの開通に伴い、昭和63年に終航した青函連絡船。廃止後は各船ともに国内外で余生を送っていたが、今や記念館として保存されている3隻しか残っていない。東京は晴海の船の科学館にある羊蹄丸、青森のベイブリッジのたもとの旧青森2岸に繋留されている八甲田丸、そして今回御紹介する函館港の摩周丸である。
 この船は、昭和40年に、津軽丸型第5船として三菱造船所で竣工し、6月30日に就航した。総トン数は約8,300トン(たしか昭和41年だかの法改正で車輛甲板が除外されて5,000トンクラスになったはず)、全長132m、濃い青の船体は、色鮮やかな津軽丸型の中でもひときわ清新な印象を与えていた。主機は1600PSの三井B&Wを8台搭載。
 退役後は函館港で博覧会のパビリオンを経て、平成3年からは記念館として公開、改修工事の後、平成15年にリニューアルオープンした。
 汽笛は2基設置され、ドとミの3度違いとなっている。現在でも正午と17時に汽笛を吹鳴しており、その圧倒的な音量は、正面にそびえる函館山の山腹で反射してなお衰えずに返ってくる。

参考
 函館市青函連絡船記念館 摩周丸

Mashu_2


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2009/08/18

にっぽん丸 出航 汽笛三連吹

[Sound]にっぽん丸 出航 汽笛三連吹

【音量注意】このサウンドは,かなり低めのレベルで録音しておりますが,途中で音量が急激に変化します。あまりにもボリュームを大きくし過ぎると,耳や再生機器に損傷を与える可能性がありますので,御注意ください。

 8月16日夕方の横浜港は,大型客船の出帆ラッシュであった。飛鳥IIに続いてぱしふぃっくびいなす,にっぽん丸,横浜に寄港する三客船の揃い踏みであった。この中から,にっぽん丸の出航の様子をお伝えする。
 出航準備が整うと,タラップが外され,陸との出入りが遮断される(0'06")。引き続いて,繋留索を少しゆるめて(1'59"),岸壁のビットから外して海に投げ入れる(2'09"/12")と,船と陸とを繋ぐものは全くなくなる。水のしたたる繋留索を巻き上げると(2'31"),スラスタが水を掻いて(3'25")岸から離れていく。そして,汽笛(4'03")。
 このあと,船は回頭して,ゆっくりと去っていくのであるが,この風情を音だけで再現するのは,とても難しい。

平成21年8月16日 商船三井 にっぽん丸 横浜港大桟橋
Nippon_maru

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2008/09/16

のしま7―水軍の末裔

[Sound]のしま7―水軍の末裔

 瀬戸内海の中ほど、尾道と今治の間は、瀬戸内海の中でも一番狭くなっている箇所であるが、その隘路に、杭が立っているが如く船の行く手を阻んでいるのが芸予諸島である。杭の間の僅かな隙間はそのまま難所として名を知られており、東京湾中ノ瀬航路や伊勢湾伊良湖水道などとともに海上交通安全法の特例として航法が定められている来島海峡は、その潮流の速さも相まって最も有名である。
 その一つ北の船折瀬戸は、大島と伯方島との間の水路であり、南に回らなくて済む分、距離が短くて済む。ただし、東から入ろうとすると、鵜島とその前に張り出した能島が立ちはだかっている。正に海上の要衝で、ここを扼すれば瀬戸内を押さえることが出来る。実際、能島は三島村上水軍の一、能島村上氏の本拠地であった。
 その大島と伯方島を現在結んでいるのがシーセブン社の「のしま7」である。七つの海を併呑しそうな大きな会社名ではあるが、船はというと総トン数19tという小型船舶のサイズである。船首にランプドアがあり、接岸しているところを正面から見ると、このあたりによくある双頭式のカーフェリーを小さくしたように見えなくもない。
 航路は大島の宮窪から鵜島を経由して伯方島の尾浦まで。このうち、今回は鵜島寄港時の減速直前から着岸、数名の客が降りて離岸し、速度に乗るまでを録音した。
 0'21"あたりの、入港直前に鳴らす汽笛は、島で船を待ったことのある人にはまた格別の想いを引き起こすことであろう。

平成20年9月3日 シーセブン のしま7 宮窪~鵜島~尾浦
F1000024

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